皆さんは「日本画」という言葉を聞いて何を連想しますか? 墨で描かれた山水画や、高級な旅館やホテルのロビーに飾られた美人画、風景画、風神雷神などを思い浮かべる方が多いでしょうか?
筆者が美大の日本画学科で日本画を学ぶようになって一番感じたのは「日本画」というものがそもそも何なのかという説明がとても難しい、ということです。聞かれる機会は沢山ありますが、一般的な「日本画」への印象と実際の日本画には大きなズレがあり、それを正確に理解している人はとても少ないのではないかと思います。
今回の記事ではそんな日本画について、簡単に、わかりやすく、ご紹介できればと思います。編集・執筆 /NISHIDA, AYUPY GOTO
●日本画とは?
【日本画】
明治以後にヨーロッパから入った西洋画に対し、わが国在来の技法・様式による絵画。墨や岩絵具を主として、若干の有機色料を併せ用い、絹・紙などの上に毛筆で描く。(広辞苑 第五版から引用)
辞書で調べると上記のように出てきます。
「日本画」とは、1870年代にヨーロッパからもたらされた「油彩画・西洋画」に対して、それまでの日本にあった図画に対して用いられた用語であり、実は比較的新しい言葉なのです。そして、その定義はあいまいなまま用いられることも多いです。
アメリカの美術研究家であるフェノロサが1882年に講演で使った Japanese painting の翻訳が「日本画」という言葉の初出だそうです。この講演でフェノロサは次のような点を日本画の特徴として挙げ、優れたところとして評価しました。
1.写真のように、写実を追わない。
2.陰影が無い。
3.鉤勒(こうろく、輪郭線)がある。
4.色調が濃厚でない。
5.表現が簡潔である。
フェノロサの通訳と助手をしていた岡倉天心は、1890年に東京美術学校(現在:東京藝術大学)の校長になり、日本美術院も作りました。岡倉天心が考えた「日本画」は、旧来の技法や様式を守るだけのものではなく、西洋画と対抗できるような「日本の絵画」としての「日本画」でした。
その意味での「日本画」は明治維新以降のものであり、例えば江戸時代の画家(絵師)の作品は「日本画」ではないということになります。ですから、例えば平安時代や奈良時代に描かれた絵巻物などの古典作品で日本的な主題を描いた絵はなんというのでしょうか?
それらは、「大和絵(やまとえ)」と呼ばれる絵になります。当時中国や朝鮮半島から渡来した技法や様式を「唐絵(からえ)」と呼び、それに対応する日本的なものを「大和絵」としました。呼び方やその区分は時代によって異なりつつも、海外から新しく入ってきた画風に対し、旧来のものを【日本の伝統的なもの】と考えるパターンが繰り返されてきたのです。
●現代における日本画
近年では、日本画家の作品も油彩画の影響を受け、絵具を厚く塗り重ねた表現や抽象的描画など、いわゆる伝統的な技法にとらわれない表現技法を多く見ます。
よって、フェノロサが最初に挙げたような「日本的な主題や技法・様式で描いたもの」=「日本画」ではなくなってきており、その境界は明確に定まってはいません。
美術大学や画壇の人間においても、その違いは「画材」によるもの、という理解になっているのです。
一般的に連想される「日本画」的イメージで描かれた絵(例えば龍や武士や和装の美人画)でも、画材が油彩やアクリル、水彩、あるいはCGなどの場合は、何画になるのか? また、日本画材で描かれていても西洋画的主題の作品、あるいは現代アート的な作品やイラスト的な作品は「日本画」と呼べるのか? 日本人が描いた絵ならば画材はなんであれ「日本画」なのか?
これは、日本画を描き、勉強している人間としてもハッキリと答えられない問題のように思います。
日本人の美術への向き合い方が日々変わっていっている以上、「日本」画というときの、その「日本」的な主題も日々変わっていくからです。ですから、今後もまた「日本画」という言葉の認識や概念は常に問われ続け、変化していくのではないかと思います。
●日本画材の紹介
前の項目でご紹介したとおり、日本画とそれ以外を分ける重要な要素となるのは、画材です。
日本画は、千数百年以来続いている絵画様式が一応基本となっており、その画材も伝統的な素材です。一般には紙や絹に、墨、岩絵具、水干、胡粉、染料……などの天然絵具を用い、膠(にかわ)を接着材として描く技法が用いられています。また、金などの金属材料(金箔など)も取り入れます。
日本画用材料は決して扱いやすいものではなく、また、その技法を習得するのは簡単ではありませんが、画材とじっくり向き合うことを楽しむことができれば、非常に日本人の気質にあった良い画材です。
▼一例ですが、筆者の使用画材です
▼下記の記事で日本画材を買うことのできる画材店も紹介しているので、興味を持たれた方は合わせてご覧ください。
個性様々、用途にあった画材店を探そう|関東編
●オーソドックスな制作過程の紹介
あくまで一例です。描き方についてこうしなければならない、ということはありませんが、これから日本画に挑戦しようとしている方の参考になると嬉しいです。
●日本画の作品紹介
安田靭彦「卑弥呼」
教科書で見たという方も多いのではないでしょうか。
上村松園「焔」
美しい和装の女性の凄絶な姿に圧倒されます。
●新しい日本画の形? 化粧品と日本画のコラボレーション
<引用 | https://twitter.com/flowfushi
FLOWFUSHIより発売中の『エリアファンディ』の広告で印象的な女性像を描かれているのは、東京芸大の日本画学科出身の作家の中原亜里沙さんです。
webサイトhttp://arisa-nakahara.s2.weblife.me/
しかしこのビジュアルを見て、パッと「日本画だ」と思う方は少ないのではないでしょうか。このような形で化粧品の広告に日本画が起用され、用いられるというのは、日本画のイメージの新しい形なのかなと、駅で大きな広告を見た際に筆者は感じました。
<引用 | http://art.pro.tok2.com/M/Michelangelo/06_3ce6[1]1.jpg<
ネイルに興味のある方なら化粧品売り場で一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。2015年にはグッドデザイン賞も受賞しました。
この「胡粉ネイル」を販売している上羽絵惣株式会社は、実は京都にある260年以上続く日本最古の日本画絵具専門店です。
「胡粉ネイル」の「胡粉」とは、日本画の重要な白い絵具であり、ホタテ貝殻の微粉末から作られる顔料のことです。この絵具屋のトレードマーク「白狐」が描かれた胡粉は、日本画を描く人間はだいたいがお世話になっているようなポピュラーな画材なので、このコラボレーション商品には大変驚きました。また、その色のバリエーションにも、日本の伝統色(鶯緑、珊瑚、瑪瑙など)が用いられています。このように、知らずのうちに日本画材に触れている方もいるのではないかと思います。
●日本画を見に行こう
『山種美術館』
日本初の日本画専門美術館として開館しました。近代日本画を中心に所蔵しています。落ち着いた雰囲気の美術館で、じっくりと日本画を鑑賞することができます。
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾3-12-36
午前10時から午後5時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日
webサイト:http://www.yamatane-museum.jp/index.html
●最後に
日本画には金箔や銀箔なども使います。金や宝石を砕いて絵を描く、というのはなんだか宝物を作っているような気持ちにさせてくれますし、自然素材を使うからか「ああ、わたしは今地球を使って絵を描いているんだなあ」という思いが強く、それがとてもロマンチックなことのように思います。(筆者だけでしょうか)
今回は日本画についてざっくりと紹介しましたが、この記事を通して日本画について興味を持ち、鑑賞の際の参考にしていただけると嬉しいです。
▼他の画材や技法が気になったら、是非併せてご覧ください
独特な描き味、油絵の具や技法に触れてみよう
「描かない」「重ねる」絵画?版画について知ろう
(2017.6.25)
著者
はたらくビビビット
ポートフォリオとデザインのリファレンスメディア