最近街中でよくみるファッションアイテム、チョーカー。それを見た時に筆者は、大好きな絵画の中の女性とそっくりのアイテムを身につける現代の女の子たちの様子に大変驚きました。絵画世界で表現されているようなアイテムが、まわりまわって現代にファッションアイテムとして流行しているケースが実は多くあるのです。
また、そのアイテムの起源や始まりの形が、絵画の中に潜んでいることがあります。
今回の記事では、ファッションアイテムを通して絵画を鑑賞してみると、また違った見え方をして面白い……という例を、いくつかご紹介したいと思います。
編集・執筆 /NISHIDA, AYUPY GOTO
●ひも状のチョーカーとマネの「オランピア」
さて、冒頭でも挙げましたが、昨今ファッションアイテムとして流行し、街中でもよくみかける「チョーカー」
オシャレに敏感な女の子達が身につけている印象があります。
▼チョーカーとは……
【choker】「息をふさぐもの」「窒息させるもの」という意味、それが転じて、首にぴったり巻く短いネックレスのことを指します。
そして、冒頭で挙げた筆者が好きな絵画というのは、近代絵画の父と言われ、印象派を導いた画家としても有名な19世紀フランスの画家エドゥアール・マネの代表作「オランピア」です。
この絵画の首元をよく見てみてください。横たわる女性の首に、現代で流行っているものそっくりな、リボン状のチョーカーが巻かれています。
この黒のリボンチョーカーは、マネがこの作品を描いた当時フランスの高級娼婦の間で流行していたアクセサリーだったそうです。発表された当時は大きなスキャンダルを巻き起こした題材だったそうですが、裸体に黒のリボンチョーカーだけ、というマネのモチーフを選ぶセンスは、時代が変わっても色あせず「おしゃれだな」と感じます。
19世紀に流行したアクセサリーの形がこのように時を経て、現代の若者のファッションの中で流行し、沢山身につけられていることがとても面白いです。
また、この絵画の背景を知っていると、チョーカーというアイテムはフェティッシュでエロティックな影のイメージや意味合いを持っているように思うのですが、現代では非常にカジュアルなファッションアイテムとして用いられています。
●もとは男性の為のものだった? ハイヒールとルイ14世
さて、現代においてはすっかり女性らしい履物の定番として、イメージされることが多いハイヒール。かっこよく履きこなしている女性は素敵ですよね。しかし、もともとは男性と共通の履物だったことをご存知ですか?
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ルイ14世は背を高く見せるために、ハイヒールを愛用していたと伝えられています。
足元に高さをもとめるファッションが流行した時に、身長163センチだったルイ14世が赤いヒールを履いたことで、そこから貴族など身分が高い者だけが赤いヒールを許され、「足元を見れば身分が分かる」ようになっていたそうです。
中世の道は荒れており、よくぬかるんでいました。舗装などが不十分だった道で、人や家畜の糞便も含むぬかるみや埃を避けるため、普通の靴に厚底の靴を履いていたそうです。
こちらは初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクが、イタリア商人夫妻の姿を精緻に描いた作品です。左下の部分に注目してみてください。
この左下に描かれているのがパッテンと呼ばれる「靴の上からさらに履く靴」の一種です。
庶民がこのような「靴の上からさらに履く靴」を必要とするような非常に悪い足場の中で、歩きづらいハイヒールの靴はまったく実用性がありません。ですから外で労働をせず、長い距離も歩かない人たちが自分の地位やステイタスを誇示するためにハイヒールを履いていたといいます。ヒールが高いほど、その地位の高さを誇示することになりました。
つまりそもそもは女性の象徴というより貴族男性の社会的地位のアピールアイテムだったわけですね。
ですが時代が変わり、女性が男性に憧れるようになった時代には、女性たちが男まさりなアイテムとして【男性の象徴】であったハイヒールを履き始め、現代に至るようです。
男性の履物だったものが、現代に向かう中で形を変え、女性的なものの象徴と変わっていき、現代のハイヒールとなった……これはあくまで一説ですが、それでもハイヒールにこのような背景や歴史があったかもしれないと思うと、現代のイメージとは全く異なった一面に想いを馳せながら身につけるというのも、面白いのではないでしょうか。
●十字架モチーフと拷問処刑器具
アクセサリーの定番の形ともいえる十字架(クロス)モチーフ。シンプルなシルバーやゴールドのアクセサリーに用いられていたり、ハードな印象のTシャツにプリントされていたりと、ダークでゴシックなファッションでは多く用いられています。日常で見かけても別段珍しくない形です。
そして、そこから教会や海外のお墓のイメージ、ロザリオと結びつけてキリスト教の象徴であることを想像できる方も多いと思います。
さかのぼって、なぜキリスト教の象徴が十字架なのか知っていますか?イエス・キリストが当時ユダヤ地方を治めていたローマ総督ピラトにより処刑された、その処刑方法こそが十字架刑だったからです。
こちらはゴルゴダの丘で十字架にかけられ、処刑されるキリストを描いたルーベンスによる宗教画です。
【十字架】十字に組み合わせた木を用いた処刑の道具。これによりイエス・キリストが処刑されたことから、キリスト教の象徴になる。
(日本大百科全書(ニッポニカ)より引用)
中世絵画、宗教画の中で沢山目にすることが出来る重要なモチーフの一つ、「磔刑(たっけい)」
十字に組み合わせた木に、罪人の体を縛りつけ、時には両手を釘(釘)で打ち付ける公開処刑方法は、古代の諸国で行われていたポピュラーで最も痛みを伴う処刑方法でした。身体を支えられなくなることで呼吸困難に陥るこの方法では即死することが無く、生きたまま磔にされ、長くて48時間程度も苦しみ続け、大量出血と酸素欠乏症で最終的に窒息して死ぬまで、公開状態で放置されました。
また多くの場合、死刑囚は死刑にされる際に重たい十字架の木を強制的に処刑場まで担いで運ばされました。
想像しようとしてもうまく出来ないような、痛々しく本当に恐ろしい処刑方法です。
以来キリスト教ではイエスの死にまつわる十字架のモチーフを礼拝の対象とし、十字架はキリスト教の象徴になりました。
このような背景を考えると、十字架を身につけるというのは「残忍な拷問処刑器具を模したもの」を身につけている・持ち歩いているということになります。
信仰を持つ方であれば、そこに深い想いを託しながら身につけるのでしょうが、信仰やそれらの歴史と無縁に生きている文化圏の人間(筆者も含め)が、量産された図像・意匠としての十字架を、血なまぐさい背景を意識することもなく、なんとなくおしゃれだからと、身につけているという状況は、なんだか不思議なことだと感じます。
●最後に
さて、いくつかのファッションアイテムと歴史をご紹介してきましたが、楽しんでいただけたでしょうか?
筆者はたまに絵画へのオマージュを服装に潜ませることで、こっそりと歴史を味わう遊びをします。ファッションアイテムの歴史をたどってみて意外な一面を知ることが出来ると、なんだかそのアイテムを身につけることがより楽しくなってきます。たまにはそんな視点を糸口にして、絵画を鑑賞してみるのも良いのではないでしょうか。
(2017.7.13)
著者
はたらくビビビット
ポートフォリオとデザインのリファレンスメディア