伝統を繋ぐ働き方vol.1 | 江戸時代から続く伝統、糸あやつり人形の世界【一糸座】

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伝統特集

皆さんは「人形劇」を劇場に観に行ったことはありますか?
「人形劇」と聞くと、テレビ番組などでも行われているような「ひょっこりひょうたんじま」や「ニャンちゅう」など、小さな子供が見るようなものを想像するかもしれません。しかし、実は人形劇には大人向けで深く考えさせられるような表現や演出の作品が存在しています。筆者はここ数年で、それらの作品に劇場で出会い、その表現の多様性に非常に驚かされました。
 
今回お話を伺ったのは江戸時代から続く伝統の「糸あやつり人形一糸座」の代表である結城一糸さん、そして美大で筆者と同学科(日本画)の同級生だったところから、卒業後この一糸座に入座するという進路を選んだ根岸まりなさんのお二人です。
 
卒業後の進路に迷っている学生さんは多くいると思いますが、この記事を通して、奥深い伝統の芸の世界と、美大から芸の道に進むという進路についてご紹介できたらと思います。

編集・執筆 / NISHIDA, AYUPY GOTO

 

○江戸糸あやつり人形の歴史

インタビューに入る前に、まず糸あやつり人形の歴史についてご紹介したいと思います。
 
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『釣り女』

 
日本の糸あやつり人形の始まりは、江戸時代の初期(17世紀前半)にまで遡ります。
徳川3代将軍・家光の治世(寛永12年)初代の結城孫三郎(ゆうきまごさぶろう)が、江戸・日本橋の一隅に糸あやつり人形芝居の一座の櫓(やぐら)(※今でいう劇場)を建てました。
 
当時、江戸幕府公認で選ばれた5つの劇団(江戸五座と呼ばれました)だけが、芝居町というところで公演を許されたそうです。歌舞伎三座とよばれた【市村座】【中村座】【河原崎座】と人形浄瑠璃の【薩摩座】、そして【結城座】がその5つ目です。
 
初代の結城孫三郎は、【説教節(せっきょうぶし)】(※仏教の教えを物語に仕立てて語られたもの)の【太夫(たゆう)】(※語り手)であり、同時に興業主(経営者)でもありました。

 
しかし時代の流れとともに、古い説教節の糸あやつりは廃れ、【義太夫節(ぎだゆうぶし)】(※浄瑠璃の一種)の人気が出ます。すると結城座はいちはやくその義太夫節を取り入れました。その後も、大火に見舞われる度に所在を変えたり、幕府による「贅沢禁止令」(天保の改革のひとつ)で公演が中止されたり、関東大震災では貴重な人形や大道具が消失したりと、さまざまな苦難にあって、時には時代の厳しい波に吹き消されそうになりながらも、後世に糸あやつり人形劇を残していこうという想いのもと、新しい表現もどんどんと取り入れていく姿勢を貫いて、今日までその伝統を守り続けてきました。
 
現代においては、伝統芸を継承しながらも、古典の枠だけにとらわれず、創作劇など時代と対峙する新しい表現にも挑戦し続けており、その自由な精神は日本国内だけでなく、世界でも高く評価されています。
 
さまざまな人形たちは、熟練の人形遣いが糸をあやつると、とたんに命が吹き込まれたように自在に動き始めます。その姿はまるで魔法です。
 

 

(『八百屋お七』実際に動かして頂いた様子)

 
あやつりの糸は、1体の人形に最低でも17本繋いであるそうです。人形から「手板」と呼ばれる操作板に繋がっており、さらに複雑な動きをする人形になると、糸の数は45~50本にまでなるといいます。その人形を実際に動かしたい動作に合わせて糸は増やしていくのだそうです。 
人形をスムーズに歩かせるだけで、数年の修業が必要だといわれており、それがさらに役柄や場面によって、歩き方も変わってきますから人形遣いになるのは、はるかな道程です。
 
筆者は今までに一糸座の公演で「釣女(つりおんな)」「田能久(たのきゅう)」などの古典作品から「長靴をはいた牡猫」「泣いた赤鬼」「ゴーレム」「カリガリ博士」などの現代劇や創作劇まで観劇させていただきましたが、その芝居の展開の多様性や意欲的な表現に、すっかり魅了されてしまいました。
 
伝統的かと思えば、時には毒やユーモアたっぷりでアングラ的な表現も取り入れている、そんな幅広い糸あやつり人形の表現の世界について、是非この記事で興味を持っていただければと思います。

参考文献:『江戸糸あやつり人形 結城座への招待状』

 

○インタビュー「糸あやつり人形一糸座」

▼ それでは前置きが長くなりましたが、ここからメインであるインタビューに入っていきたいと思います。

今回お話を伺った方①

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結城一糸ゆうき いっし

「糸あやつり人形一糸座」代表

1948年:結城座十代目結城孫三郎(故結城雪斎)の三男として生まれ、5歳初舞台。
1972年:三代目結城一糸襲名。以降、結城座の中心的人形遣いとして活躍。様々な演出家たちと共同作業を行う。
2003年:結城座から独立し、「江戸糸あやつり人形座」旗揚げ。
2015年:「糸あやつり人形一糸座」と改称。
古典糸あやつり人形の新たな掘り起こしと、新作においては、領域を越えた人達とのコラボレーションにより、実験的な演劇を次々と産み出し、その活動は各界から注目されている。

詳しいプロフィールはこちら

○人形そのものを道具にはしたくはない

 

 

― 一糸座はどういった一座なのでしょうか? その理念や主な活動を伺いたいです。

一糸さん:僕たちが一番重要にしてるのは、僕たちが「糸あやつり人形」を遣っていて、人形と人形遣いの間に糸があって、それをどう使えば一番その人形を活かせるかっていうことですね。
僕たちが作品をつくるときに「こんな作品をつくりたいな」と考えることはあるけど、人形そのものを道具にはしたくはない。
人形を使って作品をつくっていることは確かだけど、ただ単になにかを表現するためにやっているわけではなく、その「糸あやつり人形」ってものを糸であやつること自体を、どれだけ目的化できるかが大事なんです。 
糸あやつり人形でいろんな芝居をやった時に、どれだけ新しい表現を見出せるかということに僕はすごくこだわっています。
 
僕がそういう家に生まれちゃった(※一糸さんは結城座十代目・結城孫三郎の三男)っていうこともあるんだけど、過去に糸あやつり人形にかけてきた人間たちがいて、それをどれだけもっとあらゆる可能性につなげていけるかっていうのが、僕たちの使命だと思う。

― 最近はどのような活動をされているのでしょうか? 旅公演で各地をまわってらっしゃったとお聞きしたのですが。

一糸さん:人材育成ってね、文化庁の事業があるので、その申請が通るとやります。

(※「戦略的芸術文化創造推進事業」:我が国の芸術文化の水準を牽引するトップレベルの芸術団体等に対し、国が芸術文化の振興における課題を示し、それを解決するための取り組を公募、実施することにより、我が国の芸術水準の飛躍向上と優れた実演芸術の鑑賞機会の充実を図ることを目的とします。)

(文化庁HPより引用)

小学校をまわることもあります。(※「文化芸術による子どもの育成事業」)古典を子どもたちに見せなくちゃいけないっていうので、今年もそれで11月にまわるんですよね。日本の糸あやつり人形はあまりにも知られてないので。

―公演作品の動画を、ネット上に公開しないんですか?

一糸さん:動画はあんまりちゃんと撮ってないんですけど、イタリアに行った時の公演の動画はアップしていますね。

「アルトーと便器 Artaud and Toilet bowl an excerpt from “Artaud 24 hours”」

 

一糸さん:アルトーという人は精神病院に入れられていて、トイレしかない部屋にいるわけですよ。そんな環境のなか、トイレとどういうことが出来るのか、という芝居です。

アルトナン・アルトー:フランスの詩人。「残酷劇」を提唱する演劇人。後年、精神病院へ監禁される。激烈な生涯と著書によって巨大な影響を与え続けている。

(「A・アルトー 神の裁きと訣別するため」より引用)

演出家の芥正彦(あくたまさひこ)さんがいて、舞踏を土方さん(※土方巽(ひじかたたつみ):日本の舞踏家。前衛舞踏の様式「暗黒舞踏」を形成した)とやっていた人だから、舞踏家だったらこのトイレがあったら20分くらいは一人で遊んで踊れるよな、人形はどうなの? と、ちょっと考えて創った作品。
それで古典と一緒に「アルトーと便器」っていう作品をイタリアで発表してきたんですけどね。ボローニャ大学っていう古い大学の大学教授が、日本の古典やってる劇団が、なんで「アルトー」をやるんだってことですごく興味を持って、是非大学でやってほしいってことで。
古典の作品を少し短くして、向こうの生徒たちも交えてワークショップをひらいて「アルトー」のダイジェスト版みたいなものをつくって、それでシチリア島のパレルモで演劇祭があるのでそこに招待されて、撮った映像がネットに上がってます。
(▲その際の映像が上記の動画です。人形劇のイメージを覆され、圧倒されます。)
 

―海外でも活動をされているんですね。

一糸さん:一番最初に行ったのはパリだったかな。「牡丹灯籠」(※人情噺。「怪談牡丹灯籠」の略称)をもとにした芝居をパリの文化会館でやりました。そのあとにチェコ、イタリアに行って。チェコに行ったのは「ゴーレム」の為。ゴーレムはチェコの人形遣いたちと一緒にやる為に向こうの演出家と話し合う為に向こうにいって。(※チェコは糸あやつり人形が盛んだそうです。)飯田(長野県)の人形祭が世界で2位らしいけど、フランスのシャルルビルが人形劇のフェスティバルでは世界で1番大きい。シャルルビルも行きたいね。

○若い人たちは欲望を持って、どんどんチャレンジしてほしい

― 今後は糸あやつり人形でどのような挑戦をしていきたいと考えていますか?

一糸さん:基本的にはいつも何かをやりたいと思っている。そこから生まれてくるのが欲望だと思うんだけど……欠けてるから欲望が出てくるんじゃなくて、自分の中から外に吹き出すみたいな、そういうエネルギーみたいなものがあったときに、初めて欲望が何かを生んでくるんだと思う。
だから「こういうことをやりたいから」っていうのでやりたいことが生まれてくるんじゃないと思うんだよね。ひとつの方向だけじゃなくて多様な、いろんなところに向かってく力で、人形を遣っていきたいというのはありますよね。
 
あとはもう、僕なんかはもう来年で70歳だから、あとは若い人たちが欲望を持ってどんどんやってってほしいなと思うんです。僕が教えられることは教えるから、あとはどう使ってもいいから、やったことないことにチャレンジしてほしいなと思いますね。そういうのは、僕たちに結城孫三郎という初代から流れてるもの(精神)なんだろうね。

(公演でつかわれてきた人形たち)

― 糸あやつり人形の魅力を教えてください。

一糸さん:人形劇ってこんなものだろうなっていうのを覆すような芝居をいつも、自分たちは考えてるんですよね。ああ、人形って考えもしなかったことが出来るんだ、みたいな。
それが人形の魅力だと思うし、人形がここまでやれるっていうことで、人間も身体の持ち方を考えていくんじゃないかなと思うんですよね。「人形」という別の身体があることは、自分と言う身体を見つめなおす上でも必要なものだと僕は思います。

― 最後に、この記事を読んでいる学生や若い層に向けてメッセージをお願いします。

一糸さん:好奇心を持って欲しいね。なにか引っかかったことがあったら絶対、そこに興味持って欲しいと思いますね。別にそれが人形じゃなくてもなんでもいいんだけど。そういうこだわりがちょっとあってくれるといいなぁ〜と思いますね。

 
- 糸あやつり人形に対する愛と演劇に対する情熱を感じました。好奇心や興味をもつこと、そして己の中から欲望を横溢させることの大切さは、どのようなクリエイティブと関わるうえでも共通することではないでしょうか。
一糸さん、本当に貴重なお話をありがとうございました!

 
 

▼ さて、ここからは、美大卒業後に一糸座へと入座して、今年で2年目になる根岸まりなさんにお話を伺いたいと思います。

今回お話を伺った方②

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根岸まりなねぎし まりな

糸あやつり人形遣い

2016年 武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒業後、「糸あやつり人形一糸座」に入座。人形遣い。人形の製作、舞台・美術製作にも携わる。

twitter@ito_Negi

 


 

― 学生時代の一糸座との出会いや活動について教えてください。

根岸さん:武蔵野美術大学の人形劇団ダニ族というサークルに入団したのがきっかけで、サークルの先輩に人形劇で近くにこういう一座があるよ、と教えてもらい「一糸座」の存在を知り、自分もそこでアルバイトとして人形制作や人形の衣装制作のお手伝いをさせてもらったのがきっかけです。
大学2年くらいの時からつながりがあって、そこからずっと舞台の背景を作ったり、4年の夏休みには1カ月くらいの稽古のあとに「カリガリ博士」の初演に初舞台で立たせてもらったりしました。

― では一糸座に入った経緯と就職活動について教えてください。

根岸さん:大学3年の3月頃に「そういえば根岸くんどうするー?」「あ、よろしくお願いします」みたいな感じですごくフランクに入座してしまったので、一般的な就活のようにかしこまったことはあまりしていなくて。もちろん本当はちゃんとご挨拶すべきところだったんですが!

― では一糸座に入る上で何か準備したことはありましたか?

根岸さん:卒業制作が準備みたいなものだったかもしれないです。

※根岸さんの卒業制作は糸あやつり人形劇で芥川龍之介「蜘蛛の糸」を上演する、というものでした。使う人形も、背景も小道具も全て根岸さんの手づくりで、演出も脚本もそして勿論当日の役者も根岸さんが一人ですべてこなしていました。日本画学科では平面の日本画作品(絵画)を卒業制作にするのが一般的なので、根岸さんの作品は珍しいものでした。
 

実際に卒業制作で使用していた人形

根岸さん:一糸座に入るのが自分は当時、結構不安でした。大学の友人で作家になると言う子も一部にはいたけど、割と皆ちゃんと就活をしていて。私はこれで食べていけるのだろうか? みたいな漠然とした不安みたいなものはあって。そのケジメというか、一人で全部人形劇を作ってみるということが、自分に自信をつける為に必要なことだったんじゃないかと今では思います。 

― 卒業後、一糸座に所属して働いてみていかがですか?

根岸さん:大きく印象が変わるということはなかったんですけど、どんどん深くなる感じがします。
人形がやりたくて入ったけど、演劇の歴史とか人形の歴史とか、哲学面とか、あとはパントマイムとか身体表現の中の演劇というものとか、よく演劇は「総合芸術」といわれるけれど、やらなきゃいけないことすごくあるな!って。全部繋がっていることだから、人形だけやってるわけにもいかないというか、それを支える要素が沢山必要だということに気がつきました。

― 大学でダニ族(人形劇サークル)に入ったきっかけはなにかあるんですか?

根岸さん:結構軽い気持ちで入りました。高校までは美術しかやっていなくて、私の好きなことは絵を描くことだけで、別の要素の何かをやりたくて……じゃあ演じてみようかなと。
ミュージカルや演劇の世界は以前から興味があったので。

○思っているより仕事や社会って、つまんないところじゃない。達成感でいっぱいの心から喜べる仕事

― それだけ忙しそうにされていても、根岸さんはとても楽しそうに見えるのですが、やりがいは感じますか?

根岸さん:つくることが好きで、それを、得意なこととして生きてきたので、じゃあ人形つくって!とか、なんか縫って!と言われた時に、自分の得意分野を活かせているのが楽しいです。
あと、絵を描いてる時はずっと一人だけど、芝居をやるとなると何十人という人が関わってきて、ひとつ終わって皆で打ち上げをして「お疲れ様でしたー!」って言う時の達成感は多分、自分ひとりで絵を描いて、100号(162×130cm)とか描き上げて終わった! っていうときの達成感とはまた違う。
 
まだ出演とかは全然していなくて受付だけお手伝いしてた頃に、役者さんに「打ち上げくる?」と誘われて、行ったんですけど、その打ち上げで役者さんに言われたのが「若いうちにこんなの見ちゃったら、もう他の職いけないでしょう」って。確かに……と思いました。周囲で職場の行きたくない飲み会の話とかよく聞くんですけど、そういうのじゃなくて、本当にみんな心から「イエーイ」って喜べるみたいな。私が思っているより仕事とか社会ってつまんないところじゃないんだなぁと、だからここに混ぜてほしいなぁと、そういうことを学生時代に思いました。それ以前は社会に出て働くことってもっとつまんないんだと思っていたんですよね。

―現在人形も制作されているということで、日本画学科では平面制作を学んできて、とくに彫刻について勉強してきたわけではないと思うのですが、人形の制作には師匠がいて習ってこうしなくてはいけない、ということはないんですか?

根岸さん:これをこうしなきゃいけないっていうのは決まってないので、結構自由にやらせてもらってます。あとは、人形をつくるのに胡粉(ごふん)や膠(にかわ)や和紙を使うので、人形をつくりたいという外部の人が来たときにまず胡粉や膠の扱いから教えたことがあって「日本画学科で胡粉の練り方知っててよかった~」と思いました。(※日本画材の白い絵の具である【胡粉】は、練ったり叩いたり、絵具として使うまでに沢山やるべき工程があります)だから、日本画の知識はすごくいきています。

 

『蜘蛛の糸』

 

○伝統の継承って部分も関わっていきたい

― 根岸さんが今やっていることと、これから挑戦していきたいことを教えてください

根岸さん:今やっていることは頭(カシラ:人形の頭部のこと)制作、ホームページ運営、背景・小道具・大道具の制作。公演がある時は人形遣いをしています。
挑戦していきたいことは、人形をより遣えるようになりたい、人形遣いとしてレベルアップしたいです。

― 具体的にこれが出来るようになりたいというのはありますか?

根岸さん:古典です。古典は新米はなかなか扱わせてもらえない。もともと師匠の身の回りの世話を2〜3年やって、やっと人形に触らせてもらえるような世界なので。人形遣えるまでに計10年とも言われています。

― 今も古典の人形に関しては触れていないということですか?

根岸さん:劇中で小道具の取り外しとかはさせてもらえるんだけど。ちゃんと古典の人形を扱ってもいいと認められるまでレベルアップしたいです。伝統の継承って部分も関わっていきたいので、そちらもやれるようになりたい。もともと江戸糸あやつり人形遣いは歌舞伎と一緒で女性が出られなかったというか、初の女性の人形遣いが出たのも割と最近なので、技術的な面はもちろん磨くけど、時代も許してくれるようになったらいいなぁと。
 

― 一糸座と学生(美大生)との関わりについて、根岸さん以外の例も教えてください!

根岸さん:油画の4年生の女の子で人形創りたいという子がいて、その子に舞台の小道具とか人形とかを作ってもらっていました。
その子はもともと舞台関係のほうに就職したいという希望があって、でも立体作品を作ったことがなくて不安だからポートフォリオ用に製作の経験を積むためということで来て、結果その子はある劇団の美術部の方に内定がきまりました。
ダニ族(ムサビの人形劇サークル)の後輩で空間演出デザイン学科の、舞台関系に就職したいって子も裏方・舞台裏の勉強として来ていました。
武蔵美が事務所と近いのもあってお手伝いで何回か、何人か来てもらっています。
基本的にやるのは人形制作・小道具大道具制作・公演の受付で、舞台や演劇に興味ある子が来ます。

たまたま立地として武蔵美が近いので、武蔵美生と関わることは多かったそうですが、別にこだわりがあるわけではないそうですので、人形制作や舞台美術、演劇に興味がある学生の方は是非コンタクトをとってみてはいかがでしょうか。
 

―それでは最後に、後輩となる学生(美大生)に向けてメッセージをお願いします。

根岸さん:自分の好きなものや強みがあるといいですね。生きてく上ですごく楽しいです。だから、それがある人は活かす方向に進めたらいいねってことと、無い人はそれを探してみてほしい。必ずしも行けるとは限らないけど行けたらいいねって。

―そしてそんな中で、もし糸あやつり人形の世界に興味がある方がいたら、なにかメッセージはありますか?

根岸さん:公演を観にきてください。本当に人口が少ない世界だと思うので、そこに興味があったら是非飛び込んで来てください。

―観ると全然違いますよね。

根岸さん:私は「アルトー」の公演を観て凄く衝撃を受けました。観たらもう「あ、ここ入ろう」って思っちゃって。衝撃を受けるのも大事、それで自分が変われたりするから。そういうものに沢山出会えたほうが楽しい。一糸さんが言っていた好奇心にも繋がると思うけれど、「おや」っと思ったら観てみて、それで持った感情がポジティブでもネガティブでもいいと思う。それも糸あやつりだけじゃなくて、他の演劇・舞台でもなんでも観てみると良いと思います。

 
- 根岸さん、貴重なお話をありがとうございました!

 

○次回公演

さて、インタビューの中で、一糸さんも根岸さんも「好奇心」が大事とおっしゃっていましたが、もしこの記事から「糸あやつり人形」に興味がわいた方がいましたら、是非一度実際の公演に足を運んでみてはいかがでしょうか?
 
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次回公演は人形音楽劇「泣いた赤鬼」です。
2016年に公演された「泣いた赤鬼」が、好評につき再演が決定したそうです。
詳細はこちらから▽

人形音楽劇「泣いた赤鬼」
2018年7月27日(金)~29日(日) シアターX
2018年7月31日(火) 国立オリンピック記念青少年総合センター カルチャー棟 小ホール
<子どもと舞台芸術大博覧会2018参加公演>
 
公演スケジュール詳細

 

糸あやつり人形一糸座 サイト

instagramisshi_za

twitter@edoitoayatsuri


 
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『天願版カリガリ博士』

○おわりに

さて、今回は伝統ある「糸あやつり人形」の世界についてご紹介させていただきました。
糸あやつり人形の世界、伝統を継承しながらも新しいものを取り入れる柔軟さと、ひとつの芸術の形が脈々と続いているお話を聞くのは、大変興味深いものでした。皆さんの中の「人形劇」の認識も変わったでしょうか?
 
演劇という総合芸術はひとつの作品の中に沢山の要素を含んでいて、皆さんの中にも将来様々な関わり方をする方が出てくるかもしれませんね。そしてインタビューの中でもありましたが、何事にも興味や好奇心をもって、貪欲に自らの血肉にしていくという姿勢はどのようなクリエイティブに関わっていても、共通するものではないでしょうか。
 
また、お二人のお話からは人形への愛や演劇への情熱、人生というものにとてもわくわくしているような印象を感じることができました。
「働く」ということはとてもワクワクすることで、辛いことも大変なことも勿論あるけれど、想像しているよりもずっとずっと楽しい。様々な働き方の形を選ぶ人がいると思いますが、たとえば自分の好きなことや得意なことを仕事にしていくというのは、こういうことなんじゃないかなと筆者は感じさせられました。記事を読んでいる皆さんにも少しでもその様子が伝わっていれば幸いです。

(2018.2.9)
nishida

著者紹介

西田歩未nishida

武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻日本画コース在学。読書と標本・剥製集めが趣味です。
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