ざっくり振り返る!デザインの約160年の歴史について知ろう-現代デザイン篇-

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私たちの生活には「デザイン」が欠かせません。ペットボトル、ノートパソコン、本……今や身の回りのもの全てが「デザインされたもの」と言っても過言ではないでしょう。そんな私たちの生活のなかで欠かせない存在になっている「デザイン」ですが、みなさんは【 デザインの歴史 】について知っていますか?デザインの歴史を学ぶ場所は限られているため、一般的に知られることはあまりないように思います。どのような歩みがあって現在のデザインに近づいたのかを、「近代デザイン篇」「現代デザイン篇」の2回に分けてご紹介しました!今回は現代デザインについて学んでいきましょう!編集・執筆 /OSARAGI, AYUPY GOTO

目次

  • 1.前回のおさらい
  • 2.現代デザインの歩み
  • ・ヨーロッパの現代デザイン
  • ・アメリカの現代デザイン
  • ・日本の現代デザイン
  • 3.最後に

1.前回のおさらい

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▲簡略現代デザイン史年表 大きな文字のところを中心に振り返ります!

 
デザインは19世紀末の産業革命をきっかけに生まれました。ウィリアムモリスが中世の「ものづくり精神」を改めて掲げたことが始まりです。
やがて、その運動はアーツ・アンド・クラフツ運動と呼ばれ、世界中に広がっていきました。最初は「装飾美術」という“ 誰からみても美しいと思われるモノ ”がデザインと呼ばれていましたが、人々の暮らしの変化に伴ってデザインもまた進化して、近代デザインでは「人々に考えを伝える」「人を動かす」という意味も含まれるようになりました。デザイン史は各地でそれぞれの発展があるため、特定の国だけで留まる話ではありません。叙事に密接に関係があるため、世界史などを勉強しておくと理解がしやすくなると思います。
 
では、近代デザインから現代デザイン(〜1990年代)になるまで、どのような変化があったのか一緒にみていきましょう!
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【前回までのおさらい】
近代デザイン篇を振り返る

 

2.現代デザインの歩み

ヨーロッパの現代デザイン

    “ デザイン協議協会(DC) ”

20世紀前半、イギリス・デザイン産業協会(DIA)やデザイナーのパトロンである『フランク・ピック(Frank Picks, 1878年11月23日 – 1941年11月7日)』、理論家の『ハーバート・リード(Sir Herbert Edward Read、1893年12月4日 – 1968年6月12日)』らによってイギリスのモダン・デザイン*1は始まりました。
 
*1……産業革命以降,機械と技術と資本が台頭してきたヨーロッパの近代におけるデザインのこと。

引用:http://distortedarts.com/lives-frank-pick/
▲ フランク・ピック

 

引用:http://asuntoimpreso.com/asuntoimpresoediciones/autores/herbert-read-257
▲ ハーバート・リード

 
アーツ・アンド・クラフツ運動の影響が色濃く残ったイギリスでは、機械時代をなかなか受け入れていなかったものの第二次大戦末期である1944年に、産業デザイン協議会(CoID)が設立されました。デザインの世界貿易振興を図るためのものであり、このような団体は世界で最初のものでした。産業に対する支援や多様な業種の会員交流、機関紙、パンフレットの発行、「グッド・デザイン」の日用品の展覧会など、啓蒙活動にも取り組みました。このデザイン振興の組織体制は、戦後の日本はもちろん、全世界へと大きな影響を与えました。この組織は後のデザイン協議協会(DC)です。
 

1982年には、サッチャー元首相が大臣やデザイナー、産業人を招き、自らが座長となってデザインが国民の生活と経済にいかに重要なことであるかを伝えました。その後、イギリスでは中学校の教科書にも「美術」とは別に「デザイン」が正課として取り入れられ、大学入学資格の科目にも数学、物理と並んで「デザイン」が同じ扱いになりました。
 

引用:http://www.artnet.com/artists/abram-games/boac-stratocruiser-speedbird-42ZwFXu-hm8HG9qN_EocxA2
▲ エイブラム・ゲームス「ポスターBOAC」(1949)

 

引用:https://www.dyson.co.jp/community/about-dyson.aspx
▲ 「吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機」で有名なDysonの前身 G-Force(1986)

― ここでのデザインの定義は「新たな付加価値」という意味があるように思います。イギリスは一見、古い様式を守り、機械化を拒んでいた印象がありますが、伝統と革新のバランスをとりながら今まで歩んできました。また、デザイン振興の組織を立ち上げるなど、「社会にデザインは必要不可欠な存在である」と世界に知らしめた先駆者であると言ってもいいでしょう。教育の面でも日本は美術の科目の中にデザインが少し紹介される程度なので、イギリスのほうがデザイン先進国と言えるのはでないでしょうか。

 

    “ バウハウスの精神を注ぐ、ウルム造形大学 ”

引用:https://en.wikipedia.org/wiki/Ulm_School_of_Design
▲ ウルム造形大学

 

1955年に「デザインと芸術の統合」といった、バウハウスの教育理念を継承を目的とした大学、ウルム造形大学が当時の西ドイツに開講されました。バウハウス出身の『マックス・ビル(Max Bill, (1908年12月22日 – 1994年12月9日)』が初代校長に就任しました。デザインの理論と実践の取り組みの中で、ブラウン製品やルフトハンザ航空のCIなどを生み出しました。
 

引用:http://blog.tomiyama-stationery.com/?eid=715824
▲ ルフトハンザ航空CI(1962)

 
精密な計算と厳正な秩序の感覚に基づくデザインはドイツ民族共通の思想が感じられるものばかりです。
 

引用:https://www.toyota.co.jp/Museum/collections/list/data/0058_Porsche356Coupe.html
▲ ポルシェ356クーぺ(1950)

引用:http://aremo-koremo.hatenablog.com/category/ライカ?page=1484829893
▲ オスカー・バルナック、ライカ社(1954)

 
ビジュアルデザインで有名なのが『オトル・アイヒャー(Otl Aicher, 1922年3月13日 – 1991年9月1日)』です。特に「ミュンヘン・オリンピックのコミュニケーション・デザイン」は、戦中のドイツのイメージを一新させるようなインパクトがありました。

 

引用:https://nostos.jp/archives/113987
▲ オトル・アイヒャー「ミュンヘン・オリンピックのコミュニケーション・デザイン」(1972)

 

― ここでのデザインの定義は「機能性・合理性」が色濃いと思います。ドイツのデザインの特徴は人間工学十分に分析し、機能性、合理性の優れた単純明快なものづくりの精神です。緻密に練られた構成など、キラリと知性に溢れたデザインが印象的ですよね。ドイツでは余分な機能や過度な装飾など、無駄な思想は全て削ぎ落としたデザインが好まれるのかもしれません。

 

アメリカの現代デザイン

1950〜1960年のアメリカのデザインは、戦勝国のアメリカを象徴する最も良い時代だと言われています。
 

ユダヤ系ハンガリー人の写真家、美術教育者でもある『モホリ=ナジ・ラースロー(Moholy-Nagy László ,1895年7月20日 – 1946年11月24日)』は戦後、バウハウスのデザイン教育理念を新天地アメリカに根付かせようとニューバウハウスをシカゴで開設しました。モホリ=ナジの精神は後のイリノイ工科大学に引き継がれ、その卒業生たちはApple製品である「Macintosh」や「iPhone」の開発に関わっています。
 

引用:https://en.wikipedia.org/wiki/László_Moholy-Nagy
▲ モホリ=ナジ・ラースロー

引用:http://www.idownloadblog.com/2017/04/19/classic-macintosh-emulator-internet-archive/
▲ アップル「Machintosh」(1984)
    “ 企業におけるデザインの先駆け ”

1950年からアメリカではデザイン・ポリシー*1を企業経営の重要な要素と認識し始めていました。
 
*1……企業が自社の全製品のデザイン・宣伝を通して、一貫したイメージを作り、消費者に訴えかけようとすること。デザイン政策。
 
その中で有名なのが「IBM(アイビーエム、正式社名: International Business Machines Corporation)」です。『ポール・ランド(Paul Rand, 1914年8月15日 – 1996年11月26日)』はIBMのロゴタイプ、IBMオリジナルのアルファベット、デザインマニュアルを作成し、このPR活動によって企業のアイデンティティを成功へと収めました。
 

引用:http://icantbelievethisnamewasnttakenalready.blogspot.jp/2011/11/international-style-swiss-style.html
▲ ポール・ランド「IBMロゴタイプ」(1981)

 
【CIとVIって何?】
CIとVIって何?|仕事百科

 

    “ 広告界が白熱 ”

アメリカの広告代理店「DDB(Doyle Dane Bernbach)」が手がけた、ドイツのフォルクスワーゲン車の広告は世界に名を知らしめることとなりました。吟味された短い語のコピーと、簡潔なレイアウトは60年代の広告界を席巻したのです。当時の車の広告は虚飾や大げさなものが多かったと言います。
 
そんな中、「Lemon」は一見完璧に見える車も一つ一つ丁寧に検査をして、肉眼で見えない傷であったとしても不良品扱いになるというメッセージが込められていました。その正直な広告が消費者に受け、フォルクスワーゲンの車の広告が打ち出されると、かつての4倍も売り上げてしまったと言います。
 

引用:http://www.writingfordesigners.com/?p=1731
▲ DDB社「不良品」(1981)

 

― ここでのデザインの定義は「ポリシーという目に見えないイメージを可視化する」という意味が含まれるように思います。それだけではなく、技術革新に伴い、新しいテクノロジーを利用した画期的な商品づくりにもデザインは活かされました。20世紀に入り、“ デザインをする対象物 ”はどんどん広がりをみせていますね!

 

日本の現代デザイン

戦後、日本でもデザイン分野が急激に活動を広げていきました。通産省工業技術院・産業工芸試験所の活動は、その機関紙「工芸ニュース」の復刊から広まり、外国からデザイナーを招待して日本のデザイナーの腕を磨き、欧米へデザイン留学させるなど力を入れていました。
 
そして、日本では「視覚的なデザイン」と「工業的なデザイン」のそれぞれが、独自に発展していきました。
 

    “ 終戦後のインダストリアルデザイン ”

引用:http://www.d-department.com/jp/yanagi
▲ 柳宗理「ケトル」

 

引用:https://www.garageland.jp/shop/shop.cgi?No=1081869364
▲ イサム・ノグチ「あかり」(1952-88)

 
1952年には『柳宗理(やなぎ そうり、1915年6月29日 – 2011年12月25日)』、剣持勇などのデザイナーら25名によって日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)が設立されました。その後、カウフマンJs.の「近代デザインとは何か?」をはじめとするデザイン書の訳書が発売され、日本でも一般市民に「デザイン」という言葉が認知されるようになりました。
 

    “ 終戦後のグラフィックデザイン ”

引用:http://www.asahi.com/culture/gallery_e/view_photo_feat.html?culture_topics-pg/TKY201001270237.jpg
▲ 早川良雄 「第5回東京国際版画ビエンナーレ(英語版)」(1966)

引用:https://mag.sendenkaigi.com/senden/201311/tokyo-olympics2020/000643.php
▲ 亀倉雄策 「1964年東京五輪のポスター」

 
1955年になると、終戦から10年が経ち、日本は高度経済成長を迎え、日本のデザイン界も盛り上がりを見せていました。『亀倉雄策(かめくら ゆうさく、1915年4月6日 – 1997年5月11日)』や『勝美勝(かつみ まさる、1909年7月18日 – 1983年11月10日)』などをはじめとするデザイナーが、「日本デザインコミッティー」となり、グッドデザイン賞などの制度を設け、デザイナーの士気をあげる活動を行ないました。アジアで最初に開催された「東京五輪」は、日本のデザインが世界に注目されたイベントでもあります。
 
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― 日本のデザインは「視覚的なデザイン」と「工業的なデザイン」の2つがそれぞれ独自に発展をしていきました。その影響なのか、現在でも美大・予備校ではそのようなコースに分かれていますね。海外から伝わってきた「デザイン」と言う考え方を自国で発展させ、東京五輪では日本のデザインが世界から脚光をあびるまでに成長しました。

 

    “ 人間の権威ある生活の確立のためにデザインをする ”

引用:http://www.thisisdisplay.org/features/a_personal_account_of_the_world_design_conference_in_tokyo_1960
▲ 世界デザイン会議の様子 (1960)

今まで各国で独自の発展を続けていた「デザイン」ですが、1960年5月7日〜16日に「世界デザイン会議(World Design Conference 1960 in Tokyo)」が開催され、世界中のデザイナーが「デザイン」と言う言葉を“ 世界共通の意味 ”として認識を確認し合いました。グラフィック、インダストリアル、クラフト、建築など、多岐にわたる分野を横断するように討議が進み、東京宣言がなされました。
 

    ●「東京宣言」
    来るべき時代が、人間の権威ある生活の確立のために、現代より一層力強い人間の創造的活動を必要としていることを確信し、われわれデザイナーに課せられた責任が重大であることを自覚する

    補強新装カラー版 世界デザイン史(阿部公正、美術出版社・2012)より一部抜粋

 

― 各国で独自に発展を遂げていたデザインは、日本で共通認識を得たんですね!デザインは「人間の権威ある生活の確立のためにある」と定められ、20世紀でかなり意味が広がりました。デザインは目に見えないものを相手に伝えることができるという強みもあり、時代の変化に伴って、人々が生活するにあたって必要不可欠なモノになったのです。

 

今回はざっくりと振り返りましたが、「もっと細かいところまで知りたい!」という方はぜひ本屋さんで「補強新装カラー版 世界デザイン史(阿部公正、美術出版社・2012)」を購入することをオススメします!実際の美術大学の講義でも使われている参考書になります。
 

引用:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41NYIl%2BZ4SL._SX345_BO1,204,203,200_.jpg
▲ 補強新装カラー版 世界デザイン史(阿部公正、美術出版社・2012)

4.最後に

前回の近代デザインに引き続き、【現代デザインの歴史】について振り返り、デザインを学んでいる人やそうでない人にも「知ってほしい」という思いで執筆しました。

20世紀に入り、デザインは「人々に考えを伝える」「人を動かす」と言う意味合いから「人間の権威ある生活を確立する」という意味合いに変化しました。
 
記事を書く過程で気づいたのですが、デザインには必ず「人」が間に存在します。「人」を無視してはデザインは成り立たないのです。このことから、人にとって欠かせないはずのデザインであるのに関わらず、その「人」がデザインを理解できていないのは少し残念であり、デザインを専門としていない人でも知るべき事柄であると再認識しました。
 
何かクリエイティブなことに興味があって記事を読んでくださったみなさん、ぜひ「周りのデザインを知らない人」にもデザインの素晴らしさを伝えていただきたいです。また、この記事はコンパクトにデザインのことを紹介しましたが、デザインの世界はまだまだ奥が深いので、上の書籍を参考に探究してみてくださいね!多くの人がデザインに興味を持つ社会になれば、より毎日がクリエイティブで、刺激的なものになるはずです。

(2018.2.6)
Mayu Osaragi

著者紹介

大佛茉由Mayu Osaragi

武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科所属。インタラクションデザインを勉強中です。お笑い芸人のコントをYouTobeで見ることにはまっています。
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